自分の道を行き続けた画家の日本画の買取額とは

投稿日 : 15-12-2011 | カテゴリー : 日本画

佐伯祐三という日本画家をご存じだろうか?
彼は最後まで自分の信念を貫き通した。
俺が生き方を尊敬する画家の話をさせてもらいたい。

彼がパリに行ったのは東京美術学校を卒業してすぐの事だった。
妻の画家の卵、米子と二歳になる一人娘も一緒だった。
パリで本格的な絵を学びたい祐三はフォービズムの巨匠ヴラマンクに自分の作品を持ち込むのである。
しかし、そこで彼は酷評されてしまう。
「君の絵は単なる真似事でしかない。」と。
そして追い打ちをかけるように、妻が画家として人気が出る。
本当なら喜ぶべきことなのだが、彼は自分の画家としての居場所がなくなったような気がして素直に喜べなかった。
彼は画家を続ける意味を見失いかけたが、画家を辞めなかった。
彼はもがき苦しみ、百点以上の絵を描き続けた。
そして、サロンに出展した絵が高評価をうける。

だが、彼は当時の医学では治すことの出来ない病、結核に犯されてしまった。
でも彼は生きることを諦めていなかった。
その証拠に彼が死ぬ前に描いた「扉」という作品がある。

こうして彼は三十年あまりの短い生涯を閉じた。

日本画の買取金額の事を考えなくとも、
何と思われても自分のやりたいことをやれば、
いつの日か認められる日が来るのだ。
また日本画の買取の価格に反映されるような評価というのは、
生涯を終えてから高評を得ることも少なくないのだ。